前の記事で、こんな問いを立てた。
公共の言葉は、誰に届いていないのか。
届いていない人たちはいる。在住外国人、高齢者、子ども、認知症のある人。
では、どうすればいいのか。「やさしい日本語にすればいい」という答えが、まず浮かぶ。けれどそれだけでは足りない理由がある。
Easy JapaneseとPlain Japanese、それぞれの限界
「やさしい日本語」には、大きく二つの方向性がある。
ひとつは Easy Japanese。在住外国人や日本語学習者に届けるために、語彙・文法・表現を大幅にシンプルにしたものだ。難しい漢字にはふりがなをつけ、一文を短くし、外来語は使わない。1995年の阪神淡路大震災を契機に生まれたものだ。
もうひとつは Plain Japanese。日本語母語話者を対象に、冗長な表現や難解な行政用語を排除し、読みやすく整理した日本語だ。ビジネス文書や官公庁の公文書改善の文脈で使われることが多い。
どちらも重要な考え方だ。しかしそれぞれに限界がある。
Easy Japaneseは、日本語母語話者には「自分向けではない」と感じさせてしまうことがある。全漢字へのふりがな、極端に短い文——それは外国人や子どもには親切だが、大人の日本語話者には「幼い文体」として映る場合がある。
Plain Japaneseは逆に、日本語の読み書きに不慣れな人には届かない。語彙は整理されても、漢字や文の構造は母語話者を前提にしている。
つまりどちらも、「ある人には届くが、別の人には届かない」構造を持っている。
ドイツはすでに動いていた
これは日本だけの問題ではない。
ドイツでは、公共の言葉をめぐって長年の議論がある。Einfache Sprache(平易なことば)と Leichte Sprache(やさしいことば)という二つの概念がある。前者は一般読者向けの読みやすい言葉、後者は知的障害のある人や言語習得途上の人向けに強くシンプル化された言葉だ。日本のPlain JapaneseとEasy Japaneseに対応すると考えていいだろう。
そしていま、ドイツではこの二項対立を超えた第三の概念が模索されている。Leichte Sprache Plus(やさしいことばプラス)だ。Leichte Spracheほど単純化せず、Einfache Spracheより配慮されている——その中間の言葉として、研究者の間で議論が始まっている。(木村護郎クリストフ2026)
日本語の文脈でも、同じ問いが立てられるはずだ。
Common Japaneseを提唱する
わたしはこの「第三の言葉」を、Common Japanese と呼びたい。
Common Japanese とは、日本語学習者と日本語母語話者が、共に違和感なく理解できる日本語だ。
Easy Japaneseのように外国人専用ではなく、Plain Japaneseのように母語話者専用でもない。どちらにも届く。どちらにも自然に読める。そういう言葉の領域が、確かに存在するはずだと考えている。
誤解を防ぐために、Common Japaneseが「何ではないか」も明確にしておきたい。
・外国人「だけ」のための言葉ではない
・やさしい日本語をさらに簡略化したものではない
・言葉の品質や格調を下げることでもない
・すべての人に100%伝わる「完璧な言葉」でもない
Common Japaneseは、届く範囲を広げる言葉だ。ある人には届いて、別の人には届かない構造を、できるかぎり解消しようとする考え方だ。
公共の言葉だからこそ、必要になる
なぜ看板・サイン・自治体広報に、この考え方が必要なのか。
理由はシンプルだ。公共の言葉は、読む人を選べないからだ。
チラシは配布対象を絞れる。メールはターゲットを設定できる。しかし駅の案内板は、その駅を使う全員が読む。市役所の掲示物は、窓口を訪れた全員の目に入る。避難経路の表示は、その建物にいる全員に届かなければならない。
「外国人向けにはやさしい日本語で、日本人向けにはふつうの日本語で」という使い分けは、公共の場では原理的にできない。ひとつの言葉が、全員に届く必要がある。
だからこそCommon Japaneseが求められる。
では、どう書くのか
でも実際にどう書けばいいのか。
その前に、もう一つ寄り道をしたい。ドイツの研究者たちがすでに同じ問題に直面し、「やさしいことばプラス(Leichte Sprache Plus)」という概念を生み出していた。次の記事では、その議論を紹介したい。
参考文献
庵功雄(2026)『2つの「やさしい日本語」:「やさしい日本語」社会実装のための概念規定の試み』(『「やさしい日本語」とその周辺: 多様な広がりと進化する理念』所収)
木村護郎クリストフ(2026)「やさしいことば」の日独比較:概念のずれと移住者の位置づけの違いを中心に(『「やさしい日本語」とその周辺: 多様な広がりと進化する理念』所収)